自分の普通

自分の普通

はじめての恋人

高校生のとき、初めて彼氏ができました。彼はクラスの中心で、いつも誰かを笑わせていました。

同い年なのに、堂々と人前に立つことができて、自分の世界観を展開できるのが、とても大人っぽくて素敵だと思いました。

高校を卒業してから、一緒に温泉旅行に行きました。
部屋で服を脱いだとき、私は驚くほど冷静になってしまいました。
漫画で見たことあるなあ、とか、ああ、そういう場面だなあ、とか。

彼に喜んでもらいたくて、わざと声を出したりしてみました。
それから、性格や考え方が合わないことがあって、一年くらいで別れました。
彼と付き合っている間は、人気者の彼女になれたことが嬉しかったんだと思います。でも、彼を好きだったことは嘘じゃないと思っています。

その先にあるもの

けれど、大してセックスしたいと思えなかったのは、彼を好きじゃなかったからなのかな?と時々思うようになりました。

彼氏を作ろうとして、マッチングアプリを使うようになりました。
何人かの男性と会いました。私と付き合いたいと言ってくれる人もいました。趣味が合って、楽しい時間を過ごしました。
でもその先にあるものが変えられないと思うと、どうしても踏み切れませんでした。

一人でいること

一人で生きる覚悟を決めようとしたのも、一度や二度ではありません。
しかし一人でいると、「独り身」「アラサー独身」「孤独死」という言葉たちが纏わりついてきます。

私は一人が好きだけれど、一人に向けられる視線に耐えうる強さを持っていないのです。
結局のところ、私が彼氏をほしいと思う理由は、それだけでした。
そんな気持ちで誰かと会うことも、失礼だと思うのです。

自分の「普通」

一度誰かと付き合ったこともあるし、その人を好きだった思い出もあります。なので、自ら「アロマンティック・アセクシャル」を名乗っていいものか、今でも悩んでいます。

ただ自分が心地よく生きられる姿勢を探した結果、この言葉にたどり着いたのです。
結婚したいと思えないことも、子供がほしいと思えないことも、自分の考え方の一つだと、普通のことだと思って生きてきました。
何も特別なことはないのです。

・このコラムを書いた人お名前:ぺぽんず
セクシャリティ:アロマンティック・アセクシャル
年齢:25歳
性別:女性